小さい火でも灯し続けて諦めない

大阪地裁の前を歩く赤木雅子さん
「2017年2月26日は私たち夫婦の運命を分ける日になりました」
10月14日、大阪地裁。森友事件を巡る新たな裁判が始まり、原告の赤木雅子さんが法廷で胸中を訴えた。冒頭で述べた運命の出来事とは……
「私の夫である赤木俊夫は、近畿財務局の上司だった池田靖さんに呼び出されて、森友学園との土地取引に関する文書の改ざんを指示されました。首相・安倍晋三氏の妻である昭恵さんの名前を文書から削除することになりました。そこから夫の心は壊れ始め、苦しんだ挙句、1年後の2018年3月7日に自ら命を絶ちました」
土地取引に関する公文書から権力者の妻の名前を消す。こんな不正がなぜ行われたのか? 雅子さんは真実が知りたいと情報開示を求める裁判に踏み切り、大阪高裁で勝訴。当時の石破茂首相の判断を受け文書の開示が徐々に始まった。中でも注目されたのが近畿財務局職員の手書きのノートだ。
「それを見ることができれば真実に近づくことができると期待していました」

赤木俊夫さんが職場で使っていたノート。不開示とされたノートも同型と見られる
ところが今年4月、財務省はノートの不開示を決定。事前の説明ではノートを10冊以上出すと話していたが、「開示するとは言っていない」と前言を翻した。
「いきなり振り出しに戻され、もうわけがわかりません。夫が改ざんを指示されてから10年近く、私は財務省の判断に未だに振り回されています。出すと言ったものは出してください」
ノートには、改ざんの背景にある森友学園への国有地巨額値引きについても何かしら記されている可能性がある。
「ノートが開示されれば世の中に真実の一部を明らかにすることができると思いますし、私も『真実を知りたい』という思いで始めたこの一連の裁判をやっと終わらせることができます。裁判官の皆さん、どうぞよろしくご判断ください」
裁判に託す心情を3分余りで語り切った。その後の会見では……

裁判後の会見で夫の遺影を掲げ会見する赤木雅子さん
「夫が亡くなってから8年以上になります。たぶん国は時間が経てば忘れるだろうと、この裁判も長引かせて世の中から忘れられるのを待っているような、私が『もうやめた』って言うのを待っているように感じられます」
それでも、
「諦めないですよ。私は小さい火でもずっと灯し続けて、諦めたりはしません」

会見に集まった記者たち
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