テレビの悲鳴が聞こえる~五輪の光の陰で

 オリンピックもいよいよあす8日で閉会式。東京新聞のきょう7日付の朝刊、文化娯楽面に、五輪のテレビ報道について記事を寄稿しました。
 紙面を見られない方に向けて、こちらでも同趣旨の記事を配信します。趣旨は同じでも内容は大幅に書き換えています。
相澤冬樹 2021.08.07
誰でも

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 それでは「テレビの悲鳴が聞こえる~五輪の光の陰で」をどうぞ。

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 もちろん、画面のアナウンサーは悲鳴をあげたりしない。内村航平選手が鉄棒で落下した時は落胆の声をもらしたかもしれないけど。普通は選手の活躍を賛美はしても悲鳴はあげない。でも僕にはテレビの悲鳴が聞こえる

 多くの国民が祝福しない不幸なオリンピック。誘致した安倍前首相も、大スポンサーのトヨタも開会式から逃げたのが、それを象徴している。直前まで繰り広げられたドタバタ劇。五輪の運営が、命(コロナ)と選手の健康(酷暑)より、強欲と傲慢にまみれていることが歴然となった。それを百も承知でテレビは五輪万歳の放送を続ける。そんな自らの姿に悲痛な悲鳴を上げている。

 そもそも、テレビは五輪から独立した存在とはいえない。巨額の放映権料を払っているっている以上、このイベントを成功させなければ商売にならない。一蓮托生なのだ。若い世代を中心にテレビ離れが進む中、スポーツという「筋書きのないドラマ」は、テレビをアピールする絶好の機会でもある。

 むろん選手の活躍には惜しみなく称賛を送りたい。選手の競技と五輪の運営は別物だ。競技の感動を伝えることもテレビの重要な役割だ。だからこそ運営のずさんさを見過ごすことはできない。コロナ禍に配慮し、開会式などなくとも、あるいは選手の入場だけでも、競技を行うには十分だったはずだ。最初からそうしていれば、“いじめ自慢”や“ナチス虐殺”の汚辱は避けられた。でも開会式は行われた。テレビはそれを映さざるをえない。だって全国で7000万人が見たと推計されている。中には批判のためという人もいるだろうが、かくも大勢が見たいというものを放送せぬわけにはいかない。

 長引く緊急事態宣言で緊張とうっぷんがたまっていたところに巨大なお祭りが始まり、みんながそこに飛びついた。いわばコロナへの反動の「祝祭効果」だ。国のコロナ対策=国策の失敗ゆえの五輪フィーバー。それにテレビは相乗りした。そして、祝祭に隠れた五輪の運営上の問題点を、開幕と同時にほとんど伝えなくなった。みんなお祭りが大好きなのだ。そこに水を差す言辞は歓迎されない

 ここで過去を振り返ってみよう。前回1964年の東京オリンピック。女子バレー“東洋の魔女”の活躍とともにテレビは女子体操金のチャスラフスカ選手の演技も伝えた。1972年札幌冬季五輪ジャンプで日の丸飛行隊が金銀銅を独占。テレビが流す表彰式に日本中が沸き返った。夏のミュンヘンではパレスチナゲリラが選手村を襲撃しイスラエル選手11人が犠牲に。テレビ中継が刻々と事態を伝えた。1976年モントリオール大会は麻生財務大臣も射撃で出場したようだが、そこにみんなの関心はない。ルーマニアの“妖精”コマネチ選手の演技に世界中が釘付けになった。ビートたけしさんが「コマネチ!」とギャグにしたのが懐かしい。それも遠い昔になった。テレビは常にオリンピックとともにあり、僕らはそこに歓喜した。

 1980年、ソ連のアフガニスタン侵攻を受けたまさかのモスクワ五輪ボイコット。現IOC(国際オリンピック委員会)委員、柔道の山下泰裕さんの涙の訴えがテレビで流れた。

 1984年ロサンゼルス五輪は開催費高騰で立候補都市がほかにないという今では考えられない事態が発生。一銭も税金を使わないを掛け声に過去の施設を流用したほか、テレビ放映権料を大幅に引き上げた。巨額のスポンサー協賛金も集まり終わってみれば黒字。これで商業主義の流れが固まった。

 1988年ソウル五輪は、東西対立でボイコット合戦が続く中、再度の東側陣営不参加も懸念された。前年には大会阻止を目指したとされる大韓航空機爆破事件も起きている。だが結果は韓国単独開催で北朝鮮との差を見せつけた。この大会から、アメリカのプライムタイムに合わせた競技時間の設定が起きているのも、商業主義の進展を表す。

 翌年のベルリンの壁崩壊を機に社会主義圏の崩壊、自由主義の勝利がうたわれ、資本主義の一人勝ちとなった。日本はバブル真っ盛り。オリンピックは商業化をますます加速させる。

 そして今回の東京大会。コロナも酷暑も何のそのの、なりふり構わぬ運営は、ついに「命よりカネ」という一線を越えたと言えるだろう。そしてテレビはこうした不都合な事実や開催反対の声を“なかったこと”にしているようだ。それで誰が得をするか?

 巨額の放映権料目当てでどうしても大会を開催したいIOC。五輪ムードで支持率をアップさせ総選挙に臨みたい政権だ。テレビはその片棒を担いだと言われても仕方がない。

 僕の父はMRT宮崎放送のアナウンサーだった。民放の常で報道、制作と渡り歩き営業が一番長かった。家には電通博報堂のロゴ入り商品が転がっていた。幼い頃は意味も分からず「CMに出てない会社だな」くらいにしか思っていなかったけど、まさかその元締めだったとは。僕は大学卒業まで父の給料=スポンサーのCM料で育った。

 卒業後はNHKで記者に。31年間勤め、給料も取材費もすべて“みなさまの受信料”で賄われた。受信料が記者の僕を育ててくれた。テレビが最も華やいだ時代、テレビのお金で成長した僕は、テレビの申し子だ。だからテレビの悲鳴が聞こえるのだ。

 明日8日、東京オリンピックは閉会式を迎える。テレビお得意のイベントだが、今度こそお祭り騒ぎだけに終わらせてほしくない。選手がしのぎを削る競技は終わったのだ。ならば今度こそ、テレビは五輪の陰をも伝える責務がある。

 拡大したコロナ感染。掛け声倒れの復興五輪。無理して今、開かなければならない理由はどこにあったのかー。五輪という強い光に隠されていた運営の闇に目を向けて報じなければ、「命よりカネ」を追認したことになる。

 テレビの制作現場の人たちはそれを分かっているはずだ。それができた時、テレビは悲鳴をやめて笑顔を見せるだろう。

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