逮捕された1年生記者のあなたへ ~ 僕の「建造物侵入」事件 ~

北海道新聞の新人記者が取材で現行犯逮捕された件について、エッセイ風に意見を執筆しました。
相澤冬樹 2021.07.08
誰でも

読者の皆様、こんにちは。

6/22 北海道新聞の新人記者が旭川医科大学の取材の際、建物内に無断で侵入したとして、建造物侵入罪の疑いで現行犯逮捕されました。今報道関係者の間ではとくに話題になっている事件です。今回はその逮捕された記者に向けて私の意見を書いてみたいと思います。

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旭川医科大学で取材中に建造物侵入の現行犯で逮捕されてしまったあなたへ。僕はあなたと面識はありません。北海道新聞の1年生記者の女性(22)という、報じられていることしか知りません。でも、あなたのことを記事で見た時、心にうずくものがありました。自分が1年生の時の“建造物侵入”事件を思い出したのです。

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僕は34年前、NHK山口放送局の1年生記者でした。新人の仕事はサツ回り、つまり警察取材の担当で、いつも警察本部や警察署を回っていました。秘密の捜査情報をつかんでくるのが任務ですが、僕は控えめに言ってもあまり出来の良くない記者で、情報を取ってくることができません。同期が特ダネを出したという情報が伝わってくるたび焦りを募らせていました。

記者1年生の僕を指導するNHKの先輩 - 相澤冬樹のリアル徒然草

記者1年生の僕を指導するNHKの先輩 - 相澤冬樹のリアル徒然草

そんな時、あることに気づきました。当時の山口県警察本部は今と違い古い4階建ての庁舎。通路の両側はガラス張りの窓で、刑事部も公安部も通路から室内が丸見え。僕らは部屋に入り込み警察幹部に話を聞くのが常でした。捜査の要、刑事部は4階にあり、捜査1課に隣接して刑事部長室が、その隣に刑事部の倉庫がありました。その倉庫に鍵がかかっていないことに気づいたのです。

古い庁舎の仕切り壁は薄い。これは、倉庫に入り込んで壁耳(壁や扉に耳を当て室内の会話を聞こうとすること)すれば、部長室の秘密の会話が聞けるのではないか? そう思った僕はある日、この作戦を実行に移しました。こっそり倉庫に入り込み、壁に耳を押し当てます。でも、思ったほど会話はよく聞こえません。そうこうするうち警察官が倉庫に入ってきてアウト!

僕は現行犯で取り押さえられ、隣の刑事部長室へと連行され、そこで部長はじめ刑事部幹部の面々の真ん中に正座させられて懇々とお説教を受けました。その時に、捜査1課の課長補佐の一人が言った言葉が忘れられません。

「情報は信頼関係を築いて聞き出すもんじゃ。こそこそ盗み聞きするもんじゃない。だからわしはお前が嫌いなんじゃ」

至極もっともで一言も言い返せない正論で説教されて、恥ずかしさと情けなさで涙がこぼれました。

さて、この時の僕の行為は、情報を盗み聞きするため、警察庁舎の一室に無断で入り込んでいます。これは形態だけを見れば、盗撮目的で女子トイレに忍び込むのと変わりなく、建造物侵入の現行犯で逮捕されてもおかしくありません。でも、僕は逮捕はされませんでした。なぜなのか? 今考えてみると…

  • 僕は刑事部幹部の面々とはすでに顔見知りだった。

  • 彼らは僕がNHK記者であり、警察に敵対する組織のために情報収集しようとしていたわけではないとわかっていた。

そして、これが一番大きかったんではないかと思うんです。

  • 1年生の世間知らずの記者が勇み足でやりすぎたのだから、きつくお灸をすえておけば反省する。それでいいだろう。

新人時代の自分を振り返ると、これ以外にも数々の失敗がありましたが、山口県警のお巡りさんたちとNHK山口放送局の先輩記者の皆さんのおかげで成長させてもらったんだと今も感謝しています。

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今回逮捕されてしまったあなたの場合は、取材対象の旭川医科大学の方と面識はないのですよね。そして相手に見つかって何者か尋ねられても、先輩にはぐらかすように言われていたから答えなかった。それが大きかったのかと思います。でも、それはあなたというより上司や先輩たちの責任です。マスコミに対する世間の目が厳しくなっていることを十分理解していなかったのかもしれません。それ以外の取材手法はそれほどおかしなものではありません。そのことは毎日新聞の記事で元記者の大学教授や元裁判官の弁護士も指摘しています。

あなたは記者としてのキャリアをスタートしたばかりです。今回の出来事は、そのキャリアを台無しにするほど重大な責任を負うものではないと思います。僕は祈っています。いつかあなたが成長して、武勇伝としてではなく失敗談として「こんなこと、やっちゃったんだよね」と笑って話せる日が来ることを。そこから自分自身のキャリアに生かせる反省材料をつかみ、後輩たちに伝えてくれることを。

そのためには周囲の、特に職場である北海道新聞社の皆さんの温かい支えが必要でしょう。僕をお説教だけで勘弁してくれた温情ある取り計らいが、あなたにもありますように。

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北海道新聞の社内調査報告については、あなたの大先輩がこんな指摘をしています。

僕の新人時代の経験については、以下の本にくわしく書いています。

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