取材は愛④取材は恋愛に似ている

取材が恋愛に似てるってなぜ?「取材は愛」“最終講義”はその奥義を。恋も取材も粘り強く。でもストーカーはダメ。相手をいたわる気持ちがなくっちゃね。そして最後に「努力は人を裏切らない」
相澤冬樹 2021.11.15
誰でも

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若返った気分で“恋愛談義”を楽しんでください。

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“自分ファースト”を抑え相手を第一に

私は、取材は恋愛に似ていると思っています。

取材は、相手が「よく来てくれました。これが資料です。どうぞ書いてください」というようなものではありません。相手が知られたくないことを調べ出し、話したくないことを聞き出して伝える作業です。普通は嫌われます

ではなぜ取材の時、相手が言いたくない、立場上言うべきではない話をしてくれるのかというと、信頼関係を作ることができたからです。

この人だったら言ってもいいかな」「この人に伝えてほしい」

そういうふうに思ってもらえたからなのですね。そういう関係を構築する、相手に好かれて信頼を得るところが、取材は恋愛と似ています。

ポイントは、相手のことを大切に考えているかです。現実には、なかなか相手のことを第一には考えられない。“自分ファースト”になりがちです。それでも、自分のことを大事にしながら、相手のことも大事にするという行動原理。ここが恋愛に非常に似ていると感じます。

心のハードルを下げる会話

ただ、愛の押し付けはよくありません。「私はあなたが好きです、好きです、好きですっ!」とつきまとったら、それはストーカーです。ストーカーはダメです。ストーカーを好きになる人はいません。

取材も似ています。「私は真実が知りたい」「私はこの話が聞きたい」と押すのですが、それだけだと相手はどんどん引いていきます。記者がストーカーになってはいけません。でも現実にはしつこさが度を越してストーカーと化している取材者の姿も見受けます。ストーカーにならないためには、結局、相手のことを考えるということになります。

私はあの人のことが好きです。あの人は私のことをどう思っているんだろう? たぶん好きじゃない。では、どうやったら好きになってくれるか? あの人は何が好きなんだろう、何に関心があるんだろう、どんなことだったら会話がはずむんだろう――。

このように相手のことを思い、考え、調べ、関心をひく言動をとって、自分に関心を持ってもらおうとすることは、恋愛も取材も同じです。つまり取材は恋の駆け引きなのです。この人はどういう人で、何に関心があって、何が好きで、何が嫌いで、どういう話だったら食いつくのか?

例えば、ある人のところに取材に行ったとします。「記者さん、何も言うことはないよ」と言われても、「いいんです、いいんです。そんな話聞きませんから」と、まったく別の話をします。前もって調べた、その方が関心をもっていそうな話題を振るのです。そうすると、相手は「ん?」と。その話だったら好きな話題だと、話にのってきます。そして会話が成立すると、人間はなんとなく心のハードルが下がります。そうするうちに、ふっと、こちらが知りたい話をしてくれるのです。

これは取材にも恋愛にもビジネスにも通じる、人間関係構築のコツだと思います。

記者は“嫌われ者”の商売

そのようなわけで、取材は楽しいことなのです。人に好かれるために努力する仕事だからです。

しかし、またここで矛盾することを言います。私が初めてニュースデスクになった時、1年生の若い記者が「そんなことをしたら、相手の人に嫌われます」と言ってきました。私は「記者というのは嫌われ者の商売だ。嫌われることが怖くて仕事ができるか」と言いました。

矛盾しているようですが、本質的には相手が知られたくない、聞かれたくないことを、調べよう、聞きにいこうとする仕事ですから、嫌がられるのは当たり前です。

しかし一方で、嫌われっぱなしでは何も聞けませんから、好かれる必要もあります。そのために記者はそれぞれいろんな方法で取材先に好かれようと工夫を重ね、努力します。

夜討ち朝駆けは記者のヒンズースクワット

その一つとして昔から行われてきたのが「夜討ち朝駆け」です。記者が取材対象者の自宅に朝晩繰り返し通って接触を図り、人間関係を築こうと努力することを指します。夜討ちは「夜回り」とも言います。

長年、報道機関の“伝統”として受け継がれてきた取材手法です。しかし待ち時間が長く、自分の時間を浪費するし、情報にならない空振りも多い。報道が3K職場と呼ばれる一因にもなっています。

何事も時代の流れの中で変化していきますから、取材手法も変わっていって当然です。夜討ち朝駆けをしなければ取材にならない、ということはないでしょう。今の若い記者に強要すべきではないと思います。

一方で、夜討ち朝駆けが「まったく無駄で必要ない」かと言うと、そうも言いきれません。確かに無駄なことも多かったと感じますが、無駄なことの中にこそ真実がある、ということもあるのではないでしょうか。自ら「やってみよう」という記者には、試す価値があるとお勧めします。

私は「夜討ち朝駆けは記者のヒンズースクワット」だと言っています。格闘家が身体を鍛えるためヒンズースクワットをしますよね。一回や二回ではもちろん全然鍛えられない。しかし百回、千回とすると、徐々に鍛えられていきます。夜討ち朝駆けも、一回や二回まわっても何の成果もありません。百回まわっても成果がないかもしれません。しかし、百回、千回とまわると“何か”が見えてくるのです。

初任地・山口時代の私
初任地・山口時代の私

努力は人を裏切らない

私は千回以上、夜討ち朝駆けを重ねてきました。成果の上がらないことが多かったのですが、今の取材には間違いなく生きています。粘り強く待つこと、話さない相手との距離を縮めること、取材に必要な要素を知らず知らずのうちに身につけていきました。

私が最も夜討ち朝駆けをしたのは、NHKに入って初任地の山口と、次の赴任地・神戸で警察担当をした時。1987年から95年にかけて、昭和の終わりから平成初期にあたります。

1995(平成7)年1月17日、阪神・淡路大震災が起きました。兵庫県警本部に詰めて犠牲者が増えていくのを原稿にしながら、後輩の記者にしんみり語り掛けたことを思い出します。

「俺たちがやってきた夜回りも朝駆けも、すべて無駄になったな。これからは震災報道一色だ。サツネタなんて誰も見向きやしない」

サツネタとは警察の捜査情報のことです。そんなもの、6000人を超える犠牲者が出ている巨大災害の前には、誰も関心を持ちません。その情報を得るため重ねてきた自分たちの夜討ち朝駆けは、すべて無駄になったと感じたわけです。

その瞬間だけを考えればそうかもしれません。ですが今になって、「あの頃の努力は無駄じゃなかったんだ。あの時の経験、無駄と思える努力の積み重ねがあって初めて、私は今の取材ができるようになったんだ」、と感じるようになりました。

人は人を裏切ります。でも「努力は人を裏切らない」。努力して身につけたものは永遠に自分のもので、決して自分を裏切らないんです。記者生活30年以上がたって、ようやく気づいた真理です。

上の写真の33年後、同じ場所で
上の写真の33年後、同じ場所で
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これで“講義”は終了しました。4回通していかがでしたでしょうか? 今回の内容の多くは、「真実をつかむ」という角川新書の著書にさらにくわしく書いています。

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