「私は無実」訴えは国に届くか?異例の和解勧告

裁判で無実が確定したのに、法廷で刑事に「犯人です」と断言される不条理。あまりの事態に裁判所も和解を勧告したが頑なに拒否する姿勢の国。裁判の行方はいかに?
相澤冬樹 2021.12.22
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無実をわかってもらえない苦しみ

青木惠子さんは無実です。

裁判所が示した和解案は、そのことを意味していた。

「やっとわかってもらえた…」

青木惠子さん(57)は“娘殺しの母”の濡れ衣を着せられて獄中20年の末、再審(裁判のやり直し)で無罪を勝ち取った。ところが検察や警察から謝罪はない。いまだに無実だと認めないかのようだ。

だから青木さんは国(検察)と大阪府(警察)を相手に国家賠償を求める裁判を起こした。裁判所は11月29日、和解案を示した。身に覚えのない逮捕からここまで、長い道のりだった。

青木惠子さん
青木惠子さん

“娘殺しの母”の濡れ衣

不幸の始まりは26年前にさかのぼる。1995年7月22日、大阪市東住吉区にあった自宅内の車庫から火が出て火事になり、小学6年生だった娘のめぐちゃん(めぐみさん)が亡くなった。娘を助けられなかった後悔でほとんど食事もとれなかった青木さんに犯罪の疑いがかけられるとは、思いもよらなかった。

火事からひと月半後の9月10日、警察は、青木さんと、同居中だった内縁の夫のBさんを逮捕した。めぐちゃんの保険金を目当てに2人で共謀し、Bさんが自宅に放火してめぐちゃんを殺害したという容疑だった。

青木さんを取り調べた大阪府警の刑事は、机をバンバン叩きながら怒鳴りつけた。

「お前は鬼のような母親やな。めぐみに悪いと思えへんのか!」

「やってないんやったら何で助けへんかったんや。助けへんかったってことは殺したことと同じやぞ」

青木さんはもともと、めぐちゃんを火事で救えなかったことに責任を感じていた。申し訳ないと悔やむ気持ちから頭が混乱していく中で、刑事が目の前に紙を置き、やったことを書くように促した。

でも実際には何もしていないから書くことがない。すると刑事はヒントになる言葉をあげて誘導した。こうして青木さんは、してもいない放火殺人の自供書を書いてしまった。

その後すぐに青木さんは自供を否定し、裁判でも無実を訴えた。めぐちゃんの保険は火事の3年も前に知り合いの保険外交員に勧められて加入した学資保険だ。保険金目当てという警察の筋書きはありえない

しかし刑事に書かされた自供書が裁判の行方を左右した。青木さんの訴えは一審でも二審でも最高裁でも認められず、無期懲役の刑が確定した。それでも青木さんは獄中で無実を訴え続けた。そしてついに新事実が明らかになる。

火事の原因は、同居人のBさんがガソリンを車庫にまいて火をつけたという自白が決め手になっていた。ところが弁護団が火事の再現実験を繰り返した結果、自白通りにガソリンをまくと火をつける前に風呂釜の種火に引火してBさん自身が大やけどをするから実行は不可能とわかったのだ。さらに当時車庫にあったホンダの軽自動車と同タイプの車からガソリン漏れが相次いでいたことも突きとめた。

火事は放火ではなく、車から漏れたガソリンに風呂釜の種火が引火した自然発火の可能性が高い。この新たな証拠をもとに再審=裁判のやり直しを実現し、無罪を勝ち取った。世に知られる東住吉冤罪(えんざい)事件だ。

今も刑事は「犯人だと思う」

あの時の取り調べを思うと青木さんは改めて怒りがこみあげる。うその自白をさせた過ちを認めず、謝りもしない大阪府警。それを起訴し再審無罪まで裁判を長びかせた検察もひどすぎる。

無罪判決から4か月、青木さんは国家賠償訴訟を大阪地裁に起こした。これに対し被告の国と大阪府は、違法な捜査はなかったと全面的に争う姿勢を見せた。

月日は流れ、提訴から4年あまりがたった今年(2021年)2月12日、大阪地裁大法廷に注目が集まった。青木惠子さんを取り調べた当時の刑事の証人尋問が行われたのだ。

大阪府警捜査一課の坂本信行元刑事(今は退職)。その証言は驚きだった。質問に立った青木さんが「坂本さんは今も私を犯人だと思いますか?」と問いかけると、迷わず「思います」と言い切ったのだ。傍聴席から「え~っ!」と、どよめきが起きた。

めぐちゃんが亡くなって26年、再審無罪が確定して5年がたってなお、捜査の正当性を法廷で主張して恥じない。これこそ、無罪になった後も青木さんを苦しめ続ける警察・検察の態度そのものだ。だから世間には「実は有罪なんでしょ」と心ない噂が飛び交う。自らの尊厳をかけて裁判を闘っている青木さんは、最後に坂本刑事に問いかけた。

「あなた方が申し訳なかったと謝って、東住吉事件を教訓に二度と冤罪を生まないために検証すべきなのに、今も私を犯人という。だから私はいつまでも灰色のまんまです。裁判なんてしたくないですよ。それをさせてるのはあなたたちだってことを、坂本さん、忘れないでください」

最後の砦の裁判所が無実の訴えに耳を傾けて

7か月後の9月16日、裁判はすべての審理を終える結審を迎えた。その日、青木さんは自ら証言台に立って最後の意見を述べた。

「国、大阪府が違法な取り調べをしたとの自覚がないことが一番恐ろしいことです。私は無罪になっても有罪だと言い続けられる悔しさ、怒り、虚しさを抱えて生きていかなければなりません。こんなおかしなことが許されてよいのでしょうか?

青木さんは家族との絆も冤罪で失った。逮捕当時、8歳だった息子は、釈放された時29歳になっていた。

「この21年の空白の時間が私と息子との親子関係まで奪い去りました。あれだけ会いたかったはずの息子を目の前にすると、何を話せばよいのか、どのように接すればよいのか、息子の気持ちも理解できませんでした。お互いに分かり合うことが難しく、別々の人生を歩んでいく道を選ぶしかなく、現在は付き合いもなくなりました」

冤罪の悔しさを知る青木さんは、獄中の仲間や個人的に支援している3人に、手紙を書いたり面会をしたりして励ましている。

「私自身は冤罪が晴れる日まで、弁護団、多くの支援者に助けていただきましたが、お一人お一人に恩返しはできません。ですから今度は私が冤罪で闘っている仲間の力になって、少しでも恩返しができたらと考えています」

「自分の体験が、獄中者の気持ちに寄り添い、励ましになっていることが、私にとっての喜びなのです。私は自分の人生を賭けて、冤罪をなくすために活動していきます」

「今、冤罪で闘っている人はどれだけいるのか、計り知れません。一人で闘っている人、何もできずにあきらめてしまう人も少なくないです。最後の砦の裁判所が、無実の訴えに耳を傾けてくれなければ、冤罪者は救われません」

最後に青木さんは訴えた。

「裁判長、これだけは忘れないでください」

すると本田能久裁判長は、机の書面からさっと顔をあげて青木さんを見つめた。

「私たち冤罪者、裁判で闘っている者は、裏切られても、裏切られても、それでも、裁判所を信じて闘っていくしか道がなく、無罪判決を言い渡せる人は裁判官だけなんです」

「この判決は私一人への判決ではありません。天国から心配して見守ってくれている娘、両親にも届くと思います。冤罪で闘っている仲間の力にもなるものですので、私にとって最後の裁判となるような完璧な判決、再審裁判以上に純白な判決をお願いいたします」

青木さんの訴えを、本田裁判長は何度もうなずきながら聴いていた。両脇の2人の裁判官も真剣なまなざしだった。

審理を終えた後、本田裁判長が意外な一言を発した。8月に判決が出た別の冤罪事件の国家賠償訴訟について、その判決文を青木さんの判決の参考にすると述べたのだ。この冤罪事件は布川事件と呼ばれ、桜井昌司さんが無実の罪で獄中29年の後、再審で無罪を、さらに国家賠償訴訟でも国や警察の責任を認める勝訴判決を勝ち取った。それを参考にするとは勝訴判決しかないのでは! 判決は来年3月15日と決まった。

異例の和解案提示

ここから事態はさらに動く。それが冒頭に記した裁判所からの和解案の提示だ。非公開の協議の席で示されたその内容は詳しくは明らかにされていないが、主に3点ある。

第一に、青木さんが冤罪であったこと。これを受け入れれば国も大阪府警も青木さんが無実だと公式に認めることになる。青木さんが最も願ってきたことだ。

次に、国と大阪府が今回の問題を受け止めて再発防止策を定めること。これも青木さんが求めてきた「反省と謝罪」に近いものだ。

最後に、国と大阪府は青木さんに和解金を支払う。一般に和解金は勝訴判決より金額は少なくなるが青木さんは構わないと思っている。一審で勝っても裁判は高裁、最高裁と続く。和解すればここで終わる。もう長びかせたくはない。

それより本田裁判長が終始、青木さんのことを気遣ってくれたのがありがたかった。

「青木さんがお金目当てで裁判をしていないことはよくわかっていますよ」

ツイッターなどネット上に飛び交う誹謗中傷にも、法廷での坂本刑事の「犯人視」証言にも、憤りを示してくれた。

裁判長の心遣いに感謝

本田裁判長は審理の際にも心遣いを見せてくれた。6月の法廷で、青木さんの著書「ママは殺人犯じゃない-冤罪・東住吉事件」を読んだことを明らかにした。これも異例だが、青木さんが20年ぶりに獄中から釈放された際の写真について「きょうと同じ白い服を着ていたんですね」と語り掛けた。法廷では潔白をイメージする白い服を着ていたが、釈放の際はめぐちゃんが好きだった黄色い服だった。本の写真が白黒だから勘違いしたようだ。青木さんが間違いを指摘すると、本田裁判長は「すみませんでした」と謝った。

青木さんは裁判で多くの裁判官を見てきたが、謝罪を受けたことは一度もなかった。人の情をこれほど示してくれる裁判官に巡り合えた。他の2人の裁判官も温かかった。だから一審で裁判を終わらせたい。和解で決着させたい。

国は露骨な拒否姿勢。和解に応じるのか?

問題は被告側の対応だ。大阪府(警察)は協議の席で、和解案について検討する態度を見せた。ところが国(検察)は、そもそも和解協議に出てこなかった。露骨な拒否姿勢だが本田裁判長はあきらめない。

「こちらから電話やFAXで連絡を取って、ギリギリまで和解を働きかけます」

これには弁護団も「裁判長の並々ならぬ決意を感じた」と評価する。

きょう23日に、再び和解協議が行われる。国は和解に応じるのか? 拒否して青木さんの苦しみをさらに長引かせるのか? 出すべき結論はもはや明らかだろう。青木惠子さんの完全無実を求める裁判は、最大の山場を迎えている。

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